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極寒のトイレに100時間余り閉じ込められていた男性
トイレに閉じ込められた。
生き地獄とはこの事を言うのだろう。すでに何時間経過したのかも定かではない。
おそらく、この閉ざされた扉の外はもう暗いのだろう。もともと人気の少ない場所に設置されていたトイレだ、今から声を上げても他人に届く事はない。まあ、喉は既につぶれて、声なんてとうの昔に枯れ果てていたのだが。
幸いなことに、この室内には温水があった。冬のトイレである。温水がないと色々やってられないのだろう。誰だか知らないが施設管理者さんには感謝である。当然の事をいうなら、トイレのドアは壊れないようにして欲しかった。
私は恨めしそうにトイレの取手部分を、より正確に言うと取手がある筈の部分を眇めた。そこには器用なモグラが全身全霊をこめて穿ったような真ん丸い穴が空いていた。これが全ての元凶である。用を足してトイレから出ようとしたら取手が外れてしまったのだ。もう可笑し過ぎて笑えない。外れた取手は何の嫌みかドアの向こう側へ落下した。きっとドアノブの精とかいたら間違いなく私を嫌っているだろう。今まで何度静電気の餌食になったのか知れない。先ほど気づいたのだが、この穴から止めどなく冷気が入り込んでいる。どこまでも周到な敵である。
一つ身震いした私は無駄だと判りつつも、先ほど隅々まで調べたこの個室に再び視線を巡らせた。
恐ろしいほど何もない。
そもそも隅々まで調べるという行為がほんの2秒ほどで終わるとは何てことだ。あまりにもスムーズに事が運びすぎて泣けてくる。
青白い内装はそれだけで暴力的だった。まるで氷の中に閉じ込められたみたいだ。四面楚歌の状態なのに、敵の威勢も虫の鳴き声すらも聞こえてこないのは、それはそれで物悲しい。

既にこの閉塞された人籠に閉じ込められて3日目になる。扉にぽっかりと空いた取手の穴から微かに見て取れる陽光が、私のまわりでゆったりと流れる時間の全てだった。他に変化のあるものなど何もない。
以前受けたサバイバル講習を教訓になんとかやり過ごしてきたが、そろそろ限界が近い。ここに至るまでの行動は全て、この先に待っているクライマックスへむけて仕掛けられたものではないのか、とさえ思えてきた。家を出てから暫くして携帯電話を忘れた事に気づいたが、あの時に引き返していればこのような事態にはならなかったのではないか。わざわざ人気のないこのトイレを選んで入らなければもう少し良い未来が待っていたのではないか。むしろ、扉を突き破れるくらいに体力をつけておけば良かったのではないか。
今までに行ってきたこと全てが悪い方向へ収束しているように感じられて、これから起こす行動も全て良くない方へ向かっているような気がして。
それからは何も出来なかった。何をしようとも思えなくなった。
三時間程度の浅い睡眠をとった私は、ただひたすらに垣間見える陽光をながめ、太陽が昇る有様をまぶたの裏に想像した。

その靴音は4日目の朝にやってきた。
両足を温水に浸してぼうっとしていた私は、その物音に気づいて扉を叩いた。
必死だった。この機会を逃したら次はないかもしれない。
焦った私からはなかなか声が出なかった。もう4日も発言をしていない。痰が絡んで仕様がなかったが、それでも無理矢理に喉から音を絞り出した。
間もなくその足音はこの扉のすぐ外で一瞬の躊躇をすると、誰何と問うてきた。
人だ。当たり前だが人だった。
ただその他人と接触できたことが嬉しくて、頭も舌もうまく回らなかった。
助けてくれ。
そう言うのが精一杯で、その後私の安堵した口からは4日間沈殿した溜め息が漏れるのみだった。

極寒のトイレに閉じ込められていた男性、100時間ぶりに救出 | エキサイトニュースより

英スコットランドで10日、スポーツ施設内の男子トイレのドアが壊れたため中に閉じ込められていた55歳の男性が、約100時間ぶりに救出された。
このトイレは冬場はほとんど使われることがなく、荷物を取りに来た掃除係の女性に助け出された。男性は、以前受けたサバイバル講習が役に立ったと話している。
2007年12月12日 / TB:0 / CM:0
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