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天国からのメリークリスマス
 彼がその話を切り出したのはどれくらい前だったか。気の遠くなるほど昔のようでいて、昨日のことのように思い出せる。
 店先に木陰ができるもっと前。クリスマスの少し前の話。
 彼。チェット・フェッチは、70近いというのに子供のような目をして私に言ったのだ。
「いいことを思いついた」
 私は多分、そのとき微笑んでいたと思う。チェットが下らないことを思いついた時、必ずそう言うものだから、話を聞くまえから笑う癖ができてしまっていたのだ。
 チェットの頭髪を切る手は休めずに、私は手紙を開くような感覚で耳を傾けた。
 宝物を見せびらかすようにある提案を持ち出したチェットは、一息に捲し立てると私の顔を覗き込んだ。どうするか、と訪ねているのだろう。
 もちろん断ることはできなかった。見るからに心を弾ませている彼の期待を裏切るのは、美容師の威信にかけてできない。私が切るのは頭髪だけである。それに、なにより面白そうな提案だった。

 作戦の決行はその翌日に行われた。休日だからといって自堕落な一日を過ごすわけにはいかず、きちんと頭髪を整えたチェットに連れられて私は郵便局へ向かったのである。
 チェットがだぼついたズボンのポケットから取り出したのは数十枚の板紙だった。よく見ると楽しげな絵柄に文字が踊っている。どうやら物品は揃っているらしい。半ば準備の手伝いをする覚悟もできていたが、杞憂だったようである。チェットは面白い話にのると、とたんに頭がよくまわったり饒舌になったりする。
 私たちは手続きを済ますと郵便局を後にした。
 作戦の決行、といっても実際に事が起こるのはいつになるか判らない。チェット自身が楽しげだからいいが、できればその日は来てほしくなかった。多分、その時私は泣いてしまうと思う。泣きながら微笑んでしまうだろう。おかしな話だ。

「いいことを思いついた」
 チェットがそう言って一株の苗木をもって現れたのは、あれから幾許もしていない夏のことである。
 チェットが苗木を持って現れたところからして、彼が考えていることはだいたい予想できたが、それでも私はあえて何をするのかと聞いた。
 太陽の照り返しをうけて白っぽくぼやけたチェットは、店先の地面をいくらか眇めると得意気に口を開く。
「木を植えようパティ」
 私はまたどうしてと問うた。
「だって眩しそうじゃないか」
 ふと気づけば、太陽から痛いほどの照り返しをもらい、目を細めている私がいた。考えてみれば、道路に面したこの店は驚くほど無防備である。一番近い自然の木陰でもここから十メートルは下らない位置にあった。
 しかし、言ってしまえばカーテンを閉じるだけでよいのである。仕事もそうすれば差し支えはない。現に今までそうしてやってきた。私が思ったままに口を開くと、チェットは呆れたようにこう反論した。
「カーテンじゃおもしろくないだろう?」
 結局はそこへいきつくのである。もちろん、はじめから断るつもりはなかったが、この苗木の大きさでは立派な樹木に育つまでどれくらいかかるやら。
 だから私はこう返してやったのだ。あなたは長生きするだろうねと。


 クリスマスカードが届いた。チェットからだ。今頃、彼の友人数十人にも同じようなクリスマスカードが届いているだろう。
 私は店先の立派な樹木に腰を預けると、楽しげな絵柄に目をやった。大雑把な筆記体がカードに添えられている。
「神さまに、ちょっとだけ現世に戻って、カードを送らせてもらえないだろうかって頼んだんだよ。最初はダメだって言ってたけど、しつこく頼んだらとうとう『ああ、もう、行ってきなさい。あっちに長居しちゃいかんぞ』って許してくれた。天国の様子を教えてあげたいけど、とても言葉では表現できません」
 多分、今私は泣いているのだろう。泣きながら微笑んでいるのだろう。おかしな話だ。
 カードを裏返すと、文の続きが見て取れた。
「そろそろ戻らなきゃ。神さまが天国への入り口を開けててやると言ってた。調子に乗りすぎないようにしないとね。きっとまた会えるよ(君が思っているよりいくぶん早くね)。メリー・クリスマス。チェット・フェッチ」

 あの時、いつものように店先の木陰をくぐってやってきたチェットは、いつもの席に座り、いつものように私へ語りかけた。
「例のカードを送るのを待つのにいい加減うんざりだろうが、たぶん今年は送れると思うよ」
 クリスマスカードがとどくもっと前。チェットが天国へ向かう少し前の話。


天国からメリークリスマス | エキサイトニュースより
10月に88歳で亡くなったチェット・フェッチさんから34人の友人に手書きのクリスマスカードが届いた。送り主の住所は「天国」。
このカードは、美容師のパティ・ディーンさん(57)と20年も前から計画していたものだという。
2008年01月03日 / TB:0 / CM:0
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