仰天ニュースヘッドライン
淀んだ低気圧に促され、腹の底からいい知れない不安が沸き上がってきた。周囲を歩く人々の視線が気になって仕方ない。
横断歩道をわたる老婦の深い眼孔から、靴音高らかな女性の化粧の下から、はてはベビーカーに横たわった乳飲み児から、私の全てを見透かすような寒々しい視線が向けられているようだ。
あるいはもうバレているのかもしれない。
方々に彷徨ういくつもの視線は、もれなく私のことを観察しているのだろう。そして私が行動に移ろうとしたまさにその瞬間、四方八方から私を戒めるに違いないのだ。
周囲を訝しげに眇めた私は、そこがコンビニのおもてだと知り歩を緩めた。
だぼだぼしたジャケット越しに腰の辺をさすりほんの少し安堵をえる。無骨な外殻で覆われた玩具のような得物が、手のひら越しに私の平常心を支えてくれているのだ。
私は間を空けず、視線から逃れるようにコンビニのドアをくぐった。
空調の行き届いた店内では閑古鳥のヒナが産声を上げていたが、全く客の姿がないというわけではなかった。ベージュの縫い物を羽織らせたら似合いそうな老年の男性が一人、かろうじて店をコンビニたらしめている。
年増の女性店員がレジの向こうで手持ち無沙汰にしている姿を見定めると、私は何気ない足取りで雑誌を陳列している一角へ向かった。
とりあえず客がいなくなった時こそ頃合いだろう。
ラックの上で指先を踊らせた私は、適当にその中の一冊を抜き取った。
ぱらぱらとページを捲ると、中途におどろおどろしい格好をしたアジア系の女性がおり、黒魔術で使いそうな真っ黒い衣装を着て何やら手を掲げている様に目が止まった。占い。適当に読み流そうとしたのだが、ふと思いとどまった。
とある占いの結果。自分もカテゴライズされているであろうそれに一際大きくページが割かれていたのだ。
長々と書かれていた言い訳のような文章を要約するとこうだ。
下半身に注意。
私は細く長い溜め息を吐きながら、その雑誌をそっと元の場所に差し入れた。下の話か。腰痛にでも見舞われるのだろうか。確かに今ここでそんな目に遭ったら具合が悪い。
店内を見回すが既に客の姿はなく、この位置から店員までの間にとても弛緩した空気が垂れ込んでいるのみだった。
ゆっくりとレジへ向かう。途絶えることのない人の往来を結露したガラス扉ごしに見ながら、私はベルトへ手をやった。鍵でも金銭でも菓子の類でもない、唯一私がここへ持参した道具。
私がその道具を歩道から見えないように取り出すのと、カウンター越しにか弱そうな女性店員と目が合うのはほぼ同時だった。
こういうことには慣れているつもりであったが、やはり緊張は抑えられない。店員の額に突きつける黒く濡れた得物、それが小刻みに揺れている様は隠せなかった。
脈打つ音が聞こえてきそうなほどの静寂がずいぶん長く続いた。頭の中で整理した言葉が消えないうちに口を開く。ありったけの怒気を含めた脅し文句を、少し上擦った声ですらすらと吐き出す。
私の意図したことはうまく伝わったのだろう。店員は震える指で速やかにレジから金を取り出すと、カウンターの上へ無造作に並べた。それから思い出したように壁際のガラスケースからタバコを取り出そうとする。
店員は無防備な背中をこちらに向けていた。脅しは十二分に効果をしめしているようだ。客が入ってきたら言い訳の仕様がないし、物騒なものは隠しておいたほうが良いかもしれない。
私はそれまで手にしていたハンドガンを仕舞おうと、ベルトにそれを差し入れようとして、凍り付いた。
今ここで、時空に亀裂が入っていますと言われても鵜呑みにできる。
腹足綱の類が進むよりもはるかにゆっくりとした時間の流れ。
下半身から這い上がる冷たい気配が全身の毛穴を通して噴騰しそうだった。どこへ向けたものなのか自分でも判らない、言葉になっていない感情の高まりを声に出そうとして失敗する。強く噛み締めた唾液は、下手な口笛を奏でようとして悲鳴を上げていた。
自分の身には何が起きているのだろうか。こちらを瞠視している店員の驚愕した表情を見れば自ずと想像できそうだが、その答えに辿り着くことを私の理性は全力で拒んでいた。だから、自らその事態を見ることで把握しようとも思えなかった。そんなことをすれば、今こうして自分を繋ぎ止めてくれている何か大切なものが千切れてしまいそうだった。
痛みはない。ただ、痛み以上の猛烈な熱さが身体の芯からとめどなく溢れてくる。きっと何かの偶然で核融合みたいな大変なことが私の中で起こって血液が沸騰とかしているに違いないのだ。
私の足は凝り固まった空気を蹴散らすように出入り口へと向かっていた。
とりあえず逃げよう。逃げればなんとかなる。
そんな思いに支配された私は、勢いよくガラス扉に衝突すると半ば転がりながら歩道へ駆け出した。
こちらに訝しげな視線を向ける歩行者たちは、一人残らず明滅していた。ぐるぐる回る視界が邪魔で、私は目を瞑りながら足を振り続けた。
自宅へ近づくにつれ風を切る感覚が薄まり、かわりに錘を背負っているような息苦しさを感じた。その威圧感が己の重量だと気づいた時、私の頬はすでに凍てついた扉へ押し当てられていた。
濃厚な後悔が染み入った苦みを吐き出そうとしたとき、遠のく意識に一つの影が差した。正義感を具現化したようなその人影。
もう何もかもどうでもよくなって、私は全身に絡み付いていた緊張をほどいた。心地の悪い町の静けさが押し寄せてくる。
コンビニ強盗、銃が暴発、弾が玉に当たって…… | エキサイトニュースより
セミオートマチックのハンドガンで武装してコンビニに強盗に入った男が、誤って自分の睾丸を撃って逮捕された。
この男は、デリック・コシュ(25)。15日朝、コンビニエンスストア『ヴィレッジ・パントリー』に押し入り、女性店員に銃を突きつけ現金とタバコを出せ、と要求した。
店員は現金を袋に入れ、犯人に背中を向けてタバコを取ろうとした時、銃が暴発した。
店の防犯カメラの映像では、犯人が銃をズボンのベルトに差そうとしたときに暴発。店員に怪我はなかった。
コシュは逃走したが、自宅で警察に逮捕された。弾は右睾丸と左脚を傷つけており、病院に搬送された。
警察はコシュを武装強盗の罪で起訴する方針。
横断歩道をわたる老婦の深い眼孔から、靴音高らかな女性の化粧の下から、はてはベビーカーに横たわった乳飲み児から、私の全てを見透かすような寒々しい視線が向けられているようだ。
あるいはもうバレているのかもしれない。
方々に彷徨ういくつもの視線は、もれなく私のことを観察しているのだろう。そして私が行動に移ろうとしたまさにその瞬間、四方八方から私を戒めるに違いないのだ。
周囲を訝しげに眇めた私は、そこがコンビニのおもてだと知り歩を緩めた。
だぼだぼしたジャケット越しに腰の辺をさすりほんの少し安堵をえる。無骨な外殻で覆われた玩具のような得物が、手のひら越しに私の平常心を支えてくれているのだ。
私は間を空けず、視線から逃れるようにコンビニのドアをくぐった。
空調の行き届いた店内では閑古鳥のヒナが産声を上げていたが、全く客の姿がないというわけではなかった。ベージュの縫い物を羽織らせたら似合いそうな老年の男性が一人、かろうじて店をコンビニたらしめている。
年増の女性店員がレジの向こうで手持ち無沙汰にしている姿を見定めると、私は何気ない足取りで雑誌を陳列している一角へ向かった。
とりあえず客がいなくなった時こそ頃合いだろう。
ラックの上で指先を踊らせた私は、適当にその中の一冊を抜き取った。
ぱらぱらとページを捲ると、中途におどろおどろしい格好をしたアジア系の女性がおり、黒魔術で使いそうな真っ黒い衣装を着て何やら手を掲げている様に目が止まった。占い。適当に読み流そうとしたのだが、ふと思いとどまった。
とある占いの結果。自分もカテゴライズされているであろうそれに一際大きくページが割かれていたのだ。
長々と書かれていた言い訳のような文章を要約するとこうだ。
下半身に注意。
私は細く長い溜め息を吐きながら、その雑誌をそっと元の場所に差し入れた。下の話か。腰痛にでも見舞われるのだろうか。確かに今ここでそんな目に遭ったら具合が悪い。
店内を見回すが既に客の姿はなく、この位置から店員までの間にとても弛緩した空気が垂れ込んでいるのみだった。
ゆっくりとレジへ向かう。途絶えることのない人の往来を結露したガラス扉ごしに見ながら、私はベルトへ手をやった。鍵でも金銭でも菓子の類でもない、唯一私がここへ持参した道具。
私がその道具を歩道から見えないように取り出すのと、カウンター越しにか弱そうな女性店員と目が合うのはほぼ同時だった。
こういうことには慣れているつもりであったが、やはり緊張は抑えられない。店員の額に突きつける黒く濡れた得物、それが小刻みに揺れている様は隠せなかった。
脈打つ音が聞こえてきそうなほどの静寂がずいぶん長く続いた。頭の中で整理した言葉が消えないうちに口を開く。ありったけの怒気を含めた脅し文句を、少し上擦った声ですらすらと吐き出す。
私の意図したことはうまく伝わったのだろう。店員は震える指で速やかにレジから金を取り出すと、カウンターの上へ無造作に並べた。それから思い出したように壁際のガラスケースからタバコを取り出そうとする。
店員は無防備な背中をこちらに向けていた。脅しは十二分に効果をしめしているようだ。客が入ってきたら言い訳の仕様がないし、物騒なものは隠しておいたほうが良いかもしれない。
私はそれまで手にしていたハンドガンを仕舞おうと、ベルトにそれを差し入れようとして、凍り付いた。
今ここで、時空に亀裂が入っていますと言われても鵜呑みにできる。
腹足綱の類が進むよりもはるかにゆっくりとした時間の流れ。
下半身から這い上がる冷たい気配が全身の毛穴を通して噴騰しそうだった。どこへ向けたものなのか自分でも判らない、言葉になっていない感情の高まりを声に出そうとして失敗する。強く噛み締めた唾液は、下手な口笛を奏でようとして悲鳴を上げていた。
自分の身には何が起きているのだろうか。こちらを瞠視している店員の驚愕した表情を見れば自ずと想像できそうだが、その答えに辿り着くことを私の理性は全力で拒んでいた。だから、自らその事態を見ることで把握しようとも思えなかった。そんなことをすれば、今こうして自分を繋ぎ止めてくれている何か大切なものが千切れてしまいそうだった。
痛みはない。ただ、痛み以上の猛烈な熱さが身体の芯からとめどなく溢れてくる。きっと何かの偶然で核融合みたいな大変なことが私の中で起こって血液が沸騰とかしているに違いないのだ。
私の足は凝り固まった空気を蹴散らすように出入り口へと向かっていた。
とりあえず逃げよう。逃げればなんとかなる。
そんな思いに支配された私は、勢いよくガラス扉に衝突すると半ば転がりながら歩道へ駆け出した。
こちらに訝しげな視線を向ける歩行者たちは、一人残らず明滅していた。ぐるぐる回る視界が邪魔で、私は目を瞑りながら足を振り続けた。
自宅へ近づくにつれ風を切る感覚が薄まり、かわりに錘を背負っているような息苦しさを感じた。その威圧感が己の重量だと気づいた時、私の頬はすでに凍てついた扉へ押し当てられていた。
濃厚な後悔が染み入った苦みを吐き出そうとしたとき、遠のく意識に一つの影が差した。正義感を具現化したようなその人影。
もう何もかもどうでもよくなって、私は全身に絡み付いていた緊張をほどいた。心地の悪い町の静けさが押し寄せてくる。
コンビニ強盗、銃が暴発、弾が玉に当たって…… | エキサイトニュースより
セミオートマチックのハンドガンで武装してコンビニに強盗に入った男が、誤って自分の睾丸を撃って逮捕された。
この男は、デリック・コシュ(25)。15日朝、コンビニエンスストア『ヴィレッジ・パントリー』に押し入り、女性店員に銃を突きつけ現金とタバコを出せ、と要求した。
店員は現金を袋に入れ、犯人に背中を向けてタバコを取ろうとした時、銃が暴発した。
店の防犯カメラの映像では、犯人が銃をズボンのベルトに差そうとしたときに暴発。店員に怪我はなかった。
コシュは逃走したが、自宅で警察に逮捕された。弾は右睾丸と左脚を傷つけており、病院に搬送された。
警察はコシュを武装強盗の罪で起訴する方針。
何故突然ストーリーテラー風になったのかは知らないが、以前のほうがよかった事だけは確か。
2008年01月29日 /
URL /
奈菜氏 #- [ 編集 ]
作文の練習ついでにアプローチを変えてみたつもりです。
意見ありがとう。参考にします。
意見ありがとう。参考にします。